「目には目を」とは言いますが、人を殴ったことのない人間が正当防衛でも殴り返すことができないように、突然理不尽な目にあったとき、大多数の人はショックのあまりその場では何もできないのではないでしょうか。
だからこそ主人公が苦境に立たされても華麗にやり返すストーリーは皆大好き。もっと言うと、これまで自分を見下してきた人間よりも圧倒的な力や立場を手に入れて「今更後悔しても遅い」「ざまぁみろ」と嘲笑う、いわゆる「ざまぁ系」と呼ばれるものは、日頃の鬱憤を晴らすのにちょうどいい娯楽です。
しかしそればかりだとなんだか疲れてしまうもの。また女性向け小説の中では、しばしばざまぁは主人公を愛するヒーローの力を借りてなされることが多く、主人公ってなんだろう?となってしまうことも。
これは、女性にとっての勝利が「力を手にすること」ではなく「愛されること」だと考える人が多いからでしょうか。
特に、虐げられていたヒロインがヒーローに救われて溺愛されるシンデレラ的ストーリー。身内から疎まれ、理不尽に幸福を取り上げられて日常的に虐げられる様子を、踏みつけられるための存在=ドアマットに例えて、ドアマットヒロインと呼ぶそうです。
後のざまぁ展開を鮮やかにするためにもヒロインは不幸を極めなければなりません。本来なら味方であるはずの身内から、それはもう過剰なほどに虐げられます。
それでも清らかな心を失わなかったヒロインが、ある日突然登場したヒーローに見染められ、愛されることで美貌や能力が開花し「あなた達と離れたらこんなに幸せ」と落ちぶれた元家族に輝く現状を見せつけるのが、このドアマットヒロインもののお約束ではありますが…
虐げられ
救い出され
愛される
すべての場面でヒロインは主人公でありながら受け身です。元家族への直接的な制裁もありますが、そちらもヒロインを救い出したヒーローが行うのが一般的。なんならヒロインが見ていないところでサクッとやっちゃいます。心の綺麗なヒロインにはざまぁなんて似合いませんからね。
こういった展開を素直に楽しめない方へ。あるいはざまぁ系では居心地の悪さを感じてスカッとできない方へ。
主人公が誰かのために行動を起こし、そこから優しい輪が広がっていくような、ざまぁも復讐もない温かいストーリーはいかがですか。
きっと読んだあとには、誰かに優しくなれる自分を取り戻せますよ!
地味姫と黒猫の、円満な婚約破棄
著者 | 真弓りの |
イラスト | まち |
レーベル | Mノベルスf |
発売年月 | 2020年9月 |
KindleUnlimited対応 | 対応〇(最新刊以外) |
BOOKWALKER読み放題対応 | 対応✘ |
これは頑張り屋さんな長女気質の方に是非読んでほしい。魔法チートにもふもふ、スイーツと王道ラノベ作品ではありますが、真面目で責任感の強い人ほど陥りやすい思考の落とし穴を浮き彫りにする、何度読んでも心に刺さる物語です。
婚約者の王子のために努力を重ねてきた公爵令嬢セレン。真面目で勤勉、次代の王妃に相応しいと評価されてきましたがある日、王子の本音らしきものを聞いてしまいます。
ショックを受け傷付きながらも。彼女は国のために生きる王子が、義務ではなく心から共に歩みたいと思える人と添えるように、穏便に婚約解消する手段を考えます。
思いもよらない場面で、何気ない一言で。気づかないうちに大切な人を傷つけてしまっていたら。そんなありがちで想像しやすい恐怖と、相手を思うがゆえすれ違ってしまう悲しさは、根が真面目な人ほど共感するのでは。
誰にも迷惑をかけずに王子の望みを叶えたい。行動基準が誰かのためというのは優しい人あるあるですが、そこにセレン自身の望みがないことが悲しい。誰かのために生きることが当たり前だった彼女にはそれは考えるまでもないことで。すべてを丸く納めるために自分にできることをしなければ、と一人で決意するセレン。
そんな彼女の危うさに、協力者の魔術師団長ヴィオルはちゃんと気付いてくれます。
迷惑をかけないようにすることで大切な人を悲しませることにならないか。自分で決めたこととはいえそれは自分のための決断なのか、と。
ヴィオルは決してセレンの考えを否定しません。自分の人生なんだから誰かのためではなく自分のために決断しろと諭した上で、その決断を応援すると言ってくれるのです。
真面目な努力家にそんなに頑張らなくてもいいんだよと言ったところで、じゃあどうしたらいいの?と困惑させるだけ。「何のために頑張るのか」「その理由で頑張り続けることができるのか」を問うヴィオルは、同じ問題で行き詰まりがちな頑張り屋さんに一筋の光を与えてくれるよう。
魔法の天才だけどコミュ障で甘党といういかにもな設定のヒーローが、黒猫の姿でヒロインを幸せに導いてくれます!
オリヴィア嬢は愛されると死ぬ〜旦那様、ちょっとこっち見すぎですわ〜
著者 | 紺染幸 |
イラスト | ハレのちハレタ |
レーベル | マッグガーデン・ノベルズ |
発売年月 | 2023年8月 |
KindleUnlimited対応 | 対応✘ |
BOOKWALKER読み放題対応 | 対応✘ |
自分としては珍しくパケ買いした作品です。大正解でした。まるで人に優しくあるためのバイブルのような一冊。
この表紙を美しいと思った方は迷わず読んでください。時間がない方でも大丈夫。一冊で綺麗に完結しています。
三代にわたって呪われた歴史学者の一族。当主が愛した女性は死ぬ呪い。
困窮した家族のために身を売ろうとしていたオリヴィアは、お金が手に入るなら死んでも構わない、と大金と引き換えに生贄役を引き受けます。当主から愛されて死ぬことがオリヴィアの求められる役割。
この当主が本当にいい意味でボンボン。呪いで誰も殺さないように、女性との接触のないまま引きこもり続けた純粋培養のオタク(全力で褒めてます)ですが、シリアスになりそうな雰囲気を一瞬でコメディにする才能をお持ちです。
そりゃ育ちのいいピュアなオタクがいきなりかわいいお嬢さんを見たら、句読点は吹っ飛びますよね。
家の存続のために連れてこられた生贄のお嬢さん。当主クラースにとって愛さない宣言は、見ず知らずの女性を呪いに巻き込むことに対する抵抗でした。それがだんだんと(いやわりと瞬殺で)オリヴィアを失いたくないゆえの本気の抵抗に。出来てませんが。
愛されて死にたいオリヴィア。愛して失いたくないクラース。
未読の方の感動を奪いたくないのでこれ以上はやめますが、思いやりとか愛情とか、ありきたりな単語で片付けてしまうのが申し訳ないくらい、たくさんの人物の想いが溢れるストーリー。大切な人だからこそ誰より幸せになってほしいのに、自分は一体何が出来るんだろうと考えさせられます。
願わくば義務教育の過程ですべての人に読んでほしい。大袈裟でなく、それくらい人生に必要な何かが詰まっているんです。
この一冊で、日常で忘れてしまっていた大切な何かを思い出せますよ!
化物嬢ソフィのサロン〜ごきげんよう。皮一枚なら治せますわ〜
著者 | 葉月秋水 |
イラスト | 転 |
レーベル | SQEXノベル |
発売年月 | 2023年8月 |
KindleUnlimited対応 | 対応✘ |
BOOKWALKER読み放題対応 | 対応✘ |
同じ作者さんの作品をもう一つ。前述のオリヴィア嬢が繊細な優しさなら、こちらのソフィ嬢は力強い愛に満ちています。なぜなら彼女はオカンだった記憶を持つ転生者。前世は女手一つで娘を立派に育て上げた、介護職につく還暦手前の女性でした。
本当にいいオカンなんです。なんなら前世の話でもう一冊書いてほしいくらい。どんなに年齢を重ねていたとしても、お母さん!って抱きつきたくなる、まさにベスト・オカン・エバー。
最期まで娘の幸せを願った母親から、かつてアトピーで苦しんだ娘と同じく皮膚の奇病を持つ令嬢へ。傷付き絶望した少女の中にオカン魂が入り、ソフィは逞しく蘇ります。
人は見た目が9割。見た目のハンデは本人の劣等感を育ててしまうだけではなく、実際の人間関係に影響してしまうことだってあります。
自分にも酷いアトピー持ちの身内がいますが、
「あなたが触ったものは触れない」と赤の他人から言われたことも。友人付き合いや就職。幾度となく傷ついて「慣れてるから」と寂しそうに笑う姿がソフィの自虐に重なり苦しくてたまりません。
見た目のせいで心に傷を負った人の悲しみを誰よりも知るソフィだからこそできる温かいおせっかい。
明るく逞しく、自分にできる精一杯の力で相手の「皮1枚」を治し、その心を癒すソフィに、いつしか読者は、彼女自身は救われないの…?誰かお願いソフィを救って…!と、祈るように彼女の幸せを願っています。
ソフィの優しさを、心の中の傷付いた少女の恐れを、わかってくれる人と出会えますように、と。
不思議ですね。ソフィの強い優しさに感動する物語でもありますが、それ以上に、誰かに優しくしたくなる気持ちを生む作品なのです。
人間の本質は善である、と何度も何度も訴えかけてくる、人を信じられなくなったときこそ読みたい物語です
まとめ
いかがでしたか?
この3つの作品に共通するのは、ヒロインが家族を愛し、愛されていること。愛されて真っ直ぐに育った彼女達は、羨ましいことに人としてのベースがしっかりしています。
予期せぬ問題が生じたとき、まず大切な人を思う。自分に何が出来るかを考え、問題を解決しようと努める。その過程で、自分が大切に思うように、自分もまた大切に思われていることに気付く。まさしく主人公です。
明確な悪役がいなくても。ある日突然ヒーローが現れて攫ってくれなくても。
悩んで間違えて苦しんで、それでも前を向いて歩んできた自分をずっと見てきた人がいる。「そんなあなたを尊敬する」と言ってもらえる。そのほうがよっぽどグッときませんか。
「誰かを大切に思う=誰かに大切に思われている」こんな方程式、単なる理想なのかもしれません。それでも。
ストレスフルな毎日に気分転換を、と思ったとき。温かく思いやりに満ちた物語は人が善であることをもう一度私達に信じさせてくれます。
そんな純粋な優しさで心を浄化して、また人に優しくできる自分を取り戻しましょう!
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