皆さんには印象に残っているラノベタイトルがありますか?平成初頭は『スレイヤーズ』『魔術士オーフェン』『フォーチュン・クエスト』他、簡潔なタイトルが流行りましたが、現在は『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』など、作品のあらすじを要約した、説明調のタイトルが好まれています。ラノベタイトルはどういった変遷を辿り、今のスタイルに進化したのでしょうか?今回はその謎を掘り下げてみたいと思います。
ライトノベル黎明期~勃興期は、主人公の名前を冠す、ベーシックなタイトルが好まれた
1990年代まで、ライトノベルのタイトルの平均は10~19字でした。『スレイヤーズ』は6文字、『魔術士オーフェン』は8文字、『フォーチュンクエスト』は10字。どれもシンプルザベスト、短く簡潔にまとまっていますね。
神坂一『スレイヤーズ』はドラゴンも跨いで通る最強魔法士、リナ・インバースが大暴れする異世界ファンタジー。
小説あとがきにて作者が明かした裏話曰く、タイトルの由来は英語の「slay」。意味は「殺害する」「絶滅させる」ですが、「(冗談などで人を)笑わせる、唸らせる」の意味も持ち、ハイテンションなギャグとダイナミックな戦闘がウリの『スレイヤーズ』にピッタリでした。
『魔術士オーフェン』は言わずと知れた主人公オーフェンの名前であると同時に、孤児を意味する英語の「orphan」も含み、天涯孤独な彼の生い立ちを示しています。
ライトノベルの元祖『ロードス島戦記』は、勇者たちの冒険のはじまりとなる、伝説の島の名前をタイトルに戴きました。
上記に挙げた初期のライトノベル一群は、主人公の名前や役職、舞台となる国名や世界をタイトルに入れる傾向がありました。
これは2003年に発売された、谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』にも引き継がれています。
講談社ラノベ文庫編集長の猪熊泰則曰く、2005年のラノベ業界では、『とらドラ!』『おと×まほ』『まぶらほ』『のうりん』『まよチキ!』『殺×愛 ―きるらぶ』など四文字タイトルが流行っていました。理由は響きが良いからとユルさが親しみやすいから。
パラダイムシフトは2008年、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の刊行。字数は16字ですが、当時は「長い」と話題となり、売れ行きを案じる有識者もいました。
されど予想に反し、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は大ヒット。これ以降『俺оr僕оr私』をはじめとする主人公の一人称視点で、ヒロインや特定のシチュに対する所感を取り込んだ様式が主流になります。
何故ラノベタイトルが長文化したのか、ハッキリしたことはわかりません。しかし説明調ラノベタイトルの増加は、なろう系異世界ファンタジーの流行と密接に関係しています。
小説家になろうから書籍化された異世界転生・転移もののファンタジーは、まさに長文タイトルの宝庫。
2018年に発売された茨木野の小説タイトルは、『元勇者のおっさん、転生して宿屋を手伝う ~勇者に選ばれ親孝行できなかった俺は、アイテムとステータスを引き継ぎ、過去へ戻って実家の宿屋を繁盛させる』で、なんと72字に達します。
これは読者がコスパ・タイパを重視し、一目で内容がわかるタイトルを好むようになった風潮と関わってきます。
ネット小説とSNSの親和性も無視できません。現在のネット作家はSNSを活用し、自著の宣伝を行うのが主流。故にインパクトの強烈な長文タイトルは、一種のネタとして注目を集めやすいのです。バズりに成功したらシメたもので、不特定多数のユーザーが積極的に拡散に回り、一気にPV数が跳ね上がります。
佐々木鏡石『じょっぱれアオモリの星 ~「何喋ってらんだがわがんねぇんだよ!」どギルドをぼんだされだ青森出身の魔導師、通訳兼相棒の新米回復術士と一緒ずてツートな無詠唱魔術で最強ば目指す~』も、この手法が見事にハマり、書籍の売り上げを伸ばしました。情報量を詰め込みすぎて従来のわかりやすさからは遠のいていますが、面白さやインパクトで言えば、申し分ないのではないでしょうか?
2024年現在、長文ラノベタイトル堂々の第一位に輝いているのは、『ブラック国家を追放されたけど【全自動・英霊召喚】があるから何も困らない。最強クラスの英霊1000体が知らないうちに仕事を片付けてくれるし、みんな優しくて居心地いいんで、今さら元の国には戻りません。』。総字数は99字で、前代未聞の三桁突入目前です。僅差の二位は98字、三位は96字。トップ五位圏内は全て90字をこえていたのが衝撃でした。
長文・説明調タイトルの作品はまず間違いなくなろう系なので、アピールしたい層の読者が、見分けやすくなっているのも有難い所。
長文タイトルに多く含まれる単語は、異世界・転生・召喚・無双・最強・無職・前世・ニート・チート・勇者・追放・成り上がり・ダンジョン・やり直し・死亡フラグ・レベル・ハーレム・ステータス・ブラックなど。
女性向けでは悪役令嬢・婚約破棄・断罪・下剋上・溺愛・ヒロイン・聖女・悪女などの名詞が目立ちました。
多く含まれる名詞トップ3は異世界・最強・転生、動詞は「始める」「生きる」「成り上がる」、形容詞は「可愛い」「楽しい」「強い」。総じてストレスフリーでポジティブな印象を強調していました。
どのキーワードもなろう系小説の特徴と紐付いており、タイトル開示の時点で内容の予想が付くので、そのジャンルの愛読者に届けやすくなるのが最大のメリット。
小説投稿サイトには連日膨大な量の小説が投稿されており、余程突出した部分がない限り、新作はすぐ流されて埋もれてしまいます。そんな状況で注目を集めるには、長文タイトルの方が有利。まずは読者に目を留めてをもらい、読んでもらうのが先決です。
また、ネット掲載時はシンプルなタイトルだったものの、書籍化に当たり編集者の意向で修正されるパターンもあります。
長い派VS短い派、ラノベタイトルはどちらが有利なのか
ラノベタイトルを絶対長くしなければいけない決まりはありません。現在でも短いタイトルの作品は存在しますし、中身さえ面白ければ、タイトルの字数に関係なくヒットを飛ばせます。
『キノの旅』『狼と香辛料』『人生』『ベン・トー』他、内容を端的に表したタイトルのラノベには、根強い人気を誇る名作が多いです。これは簡潔なタイトルが普遍性の獲得に繋がった結果。
それは各ラノベレーベルのコンテスト受賞作を見ても一目瞭然で、電撃文庫では『ユア・フォルマ』と『竜殺しのブリュンヒルド』が、ガガガ文庫では『わたしはあなたの涙になりたい』『獄門撫子此処二在リ』『かくて謀反の冬は去り』が選ばれています。
ここで注目してほしいのは、『ユア・フォルマ』は本格的な近未来SF、『竜殺しのブリュンヒルド』はドラゴンと人類の対立を描いた異世界ファンタジーであること。
ネットからの拾い上げは説明調のタイトルが多く、公式コンテスト受賞を経てデビューした新人の作品は、比較的シンプルになちがちな共通項が見受けられました。
いずれにせよ、大事なのは要点を掴んだタイトルにすること。
なろう系の小説を刊行しているレーベルなら、当然なろう系の作品を求めているため、コンテストの主旨に沿った長文・説明調タイトルが強みになります。電撃文庫・ガガガ文庫はこのちょうど中間に位置し、一般文芸寄りの青春小説からハイファンタジーまで手広く扱っている為、どちらでもチャンスは見込めます。
自分がどちらの市場で戦いたいのか、需要と供給のバランスを考え、慎重に見計らってください。
コメント