あなたは旅が好きですか?
日常を離れて遠い土地へ行き、そこでの経験を通して登場人物の価値観が変化する旅・ロードノベル作品は、我々の見聞を広めてくれますよね。
電車やバスをはじめとする公共交通機関が発達した現実世界はもちろん、地図の大部分が空白の異世界を股に掛ける、壮大なスケールの旅にも心惹かれます。
旅先では運命の恋や波乱万丈の冒険など、人生を変える出会いが待ち受けているかもしれません。
今回は家で寛ぎながら異国情緒を堪能できる、旅・ロードノベル5選を紹介していきます。
キーリ 死者たちは荒野に眠る
著者 壁井ユカコ イラスト 田上俊介 レーベル 電撃文庫 発売年月 2003年2月
最初にご紹介するのは壁井ユカコ『キーリ』。
本作の魅力は文明の黄昏を感じさせる終末的世界観。キーリが生きる世界は過去の戦争で荒廃し、枯れ果てた大地に住む人々の間には、日々の生活の疲労と諦念が漂っています。
主人公のキーリ自身も決して明るく朗らかな性格とは言えず、内省的で厭世的な少女として描かれています。
それには物心付いた頃から霊が視えたが故に、周囲に心を閉ざし続けた生い立ちが深く関係しており、本作を至高のロードノベルであると同時に、死者の弔いを兼ねて各地を巡礼する珠玉のゴーストストーリー足らしめています。
だからこそ旅を続ける中でハーヴェイに芽生えた淡い想い、不器用な青年と純情な少女が見せる歩み寄りが尊い!
基本的な移動手段は鉄道。煤けた車窓を流れる風景がメランコリーな旅情をかきたて、列車に揺られてる気分に浸れます。ラジオに取り憑いた幽霊・兵長の饒舌トークも、『キーリ』を語る上で欠かせません。
生者と死者、此岸と彼岸に分かたれてしまった双方の想いを等しく尊重し、彼等の願いを掬い上げるキーリのひたむきさは、人を信じることの大切さを教えてくれました。
キノの旅 —the Beautiful World—
著者 時雨沢恵一 イラスト 黒星紅白 レーベル 電撃文庫 発売年月 2000年7月
時雨沢恵一『キノの旅』は、相棒の喋るバイク・エルメスと共に、不条理な世界を旅するキノの物語。
本作の見所はキノのドライな性格。特定の国や人物に肩入れすることはなく、ほんのひととき滞在する、旅人としてのスタンスを崩しません。傍観者に徹するキノだからこそ、その国を成り立たせるシステムの歪みに気付けるのです。
キノとエルメスの軽快な掛け合いも絶妙で、ともすれば重苦しく暗くなりがちな話に、くすりと笑えるユーモアを添えています。
キノの口癖は「世界は美しくなんかない」ですが、「それ故に美しい」とフラットな見方もできるのが強み。たびたび少年と勘違いされる、中性的な見た目が刺さる方も多そうですね。
彼女と縁を結んだ人々が辿る数奇な運命、時として皮肉すぎる顛末は、因果応報の悲劇と喜劇が表裏一体となった滑稽味すら感じさせます。
されど胸糞なだけにとどまらないのが『キノの旅』の奥深さ。どうしようもなく愚かで醜い一方、それと対比するように気高く美しい人の在り方も描かれ、清濁併せ呑む世界の本質に情緒がかき乱されました。
一話一話が短くまとまっているのも美点で、読者をあっと言わせる仕掛けと企みに満ちた結末は、星新一のショートショートが好きな方なら絶対ハマります。
作者がミリタリー好きな影響でしょうか、キノが愛用する銃やエルメスのガジェットや細かく描写されているのもぐっときました。
レディ・ガンナーの冒険
著者 茅田砂胡 イラスト 草河遊也 レーベル 角川スニーカー文庫 発売年月 2000年4月
茅田砂湖『レディ・ガンナーの冒険』は西部劇風の架空世界ファンタジー。動物の特徴と能力を持った異種人類 (アナザーレイス)と人間が暮らす世界を、主人公のお転婆少女・キャサリンが、仲間たちと世直しして回ります。
なんといってもブレず媚びず退かず、信念を貫き通すキャサリンの活躍が気持ちいい!
保安官の父譲りの正義感と人一倍不正を憎む心を併せ持ち、曲がったことが大嫌い。そんな彼女がご自慢の44口径リボルバーで悪党どもを蹴散らし、大の男に物怖じせず啖呵を切るシーンは、毎度痛快の極みでスカッとします。
キャサリンの真っ直ぐな生き方に感化され、多かれ少なかれ人間への認識を改め、行く先々で手を貸してくれる異種人類も魅力的。
誰もが見とれるスマートな美青年や「役立たずのヴィンス」と嘲られる泣き虫ドジっこショタの、変身前・変身後のギャップには仰天!
作中で描かれる差別や偏見が胸糞悪いぶん、自分の目で物事の本質を見極め、自分の頭で善悪を考えるキャサリンの心根正しさに、両者の架け橋となる希望を託したくなりました。
ある時は荒野に敷かれた鉄道に乗り込み、ある時は馬を駆って長距離を移動する描写には、西部劇の時代にタイムスリップしたかのようなノスタルジーと共に、ならず者を返り討ちにするスリルが味わえました。
ドレッシーなお嬢様が大暴れする話が好きな方は、レディガンナーの活躍をぜひ目に焼き付けてください。圧巻の銃撃戦も必見。
狼と香辛料
著者 支倉凍砂 イラスト 文倉十 レーベル 電撃文庫 発売年月 2006年2月
支倉凍砂『狼と香辛料』は二度に亘りアニメ化された傑作。中世ヨーロッパ風世界を舞台に、美少女に化けた賢狼・ホロと、旅商人・ロレンスの旅路を描きます。
本作の見所はファンタジーと経済小説の融合。ヒロインのホロは豊穣を司る神として麦畑を守ってきたものの、農耕技術の発展と共に不要と見なされ、故郷の北国に帰る決断を下します。
彼女と共に旅するロレンスが、二十代後半の大人の男性なのもポイント。高校生~大学生が主人公のライトノベルには珍しく、経験値を積んだ大人の男性として描かれ、包容力を感じさせるのが魅力でした。商談シーンにも力を入れており、ロレンスの交渉術や市井の人々の営みを通し、中世ヨーロッパの貨幣経済を学ぶことができます。
ロレンスとホロの機知に富む会話、旅を通し深まりゆく絆も見所。
姉さん女房ぶって仕事に口出すホロと、それを飄々と流すロレンスの掛け合いは、お互いの扱いを心得た熟年夫婦のような微笑ましさで、やがて来る別れをできるだけ引き延ばしたくなりました。ふさふさしっぽと狐耳の感情表現も大変キュートです。
魔女の旅々
著者 白石定規 イラスト あずーる レーベル GAノベル 発売年月 2016年4月
白石定規『魔女の旅々』はネットの口コミで火が付いた人気作。銀髪の魔女・イレイナが箒に跨り諸国漫遊する本作は、SF色強めの『キノの旅』のアンチテーゼともいえる異世界ファンタジー。テイストも似通っており、『キノの旅』が好きな人はハマると思われます。登場人物は妙齢の女子多めで、ソフト百合の入った友情が楽しめるのも素敵。
各エピソードはハッピーエンドとバッドエンドの割合が半々。登場人物の善意が報われず、好意が上滑りして皮肉な幕切れを迎える話も多く、イレイナのおちゃらけた性格との温度差が癖になります。時空を超えた縁で結ばれた、フランとイレイナの師弟関係にも注目してください。
まとめ
以上、旅・ロードノベルがテーマのライトノベル5選を紹介しました。皆さんはどの世界に行きたいですか?
マイペースに観光を楽しむ一人旅も捨てがたいですが、信頼できるパートナーと困難を乗り越え歩んだ軌跡は、それ自体が人生の道しるべとなって迷子を導いてくれるはず。長旅を終えた彼等がどんな宝物を持ち帰ったか、それは皆さんの目で確かめてください。
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