日々の生活の中でお気に入りのものに出会えるのって幸せですよね。映画でも本でも、たくさんのありふれたものの中で、好きと思えるものを見つけられると嬉しくなります。
でもごく稀に「好き」よりも「すごい」が勝ってしまう衝撃的な出会いをすることはありませんか?
中華風異世界ファンタジー「十二国記」。映画「マトリックス」「インセプション」…
もちろん文句なしに面白いし、大好きなのですが、どうしても「好き」の前にこう思ってしまうのです。
ーーこれ考えた人の頭の中は一体どうなってるんだろうーー
そんな衝撃を久しぶりに受けた作品があります。2022年3月に急逝された桜瀬彩香先生による「薬の魔物の解雇理由」です。
読んで驚愕してほしい。途方もない物語の奥深さに。あまりに繊細で緻密な描写に。
同じ世界観で読みやすいボリュームの「長い夜の国と最後の舞踏会」と合わせて紹介していきますので、女性向け本格ファンタジーにご興味のある方はお付き合いください!
薬の魔物の解雇理由
| 著者 | 桜瀬彩香 |
| イラスト | アズ |
| レーベル | TOブックス |
| 発売年月 | 2021年8月 |
| KindleUnlimited対応 | 対応◯(1巻のみ) |
| BOOKWALKER読み放題対応 | 対応✘ |
800万字超の大長編。西洋のお伽話のような美しい世界観と緻密な描写に圧倒されます。
ヒューマンドラマ、グルメ、溺愛系逆ハーレムにもふもふ…。これでもかと女子の好きな要素を盛り込んだ、ファンタジー好きなら一度は読むべき大作。長いですが頑張ってみてください。
突然異世界に落とされた主人公ネア。
人と人ならざるものたちが共存する美しいヴェルクレア王国ウィーム領で、国の歌乞いとして生きることを決められ、領主館リーエンベルクで保護されることに。
歌乞いとは。契約の魔物とは。
不思議で美しいウィームを舞台に、契約の魔物ディノやリーエンベルクの人々と様々なお仕事や事件を乗り越えるうち、強い絆で結ばれて家族のような大切な存在ができる様子が丁寧に描かれます。
とにかく世界が美しすぎて、ウィームに移住したいです今すぐに。
後述しますが、架空の世界なのにまるで見てきたかのように繊細に描かれる魔術、街、生き物達。参考モデルとなるものがありそうな街や城などは、もしかしてヨーロッパのあの都市かな?と読んでいて旅行気分に浸れるほど。
また服飾類や料理に関しても描写を頼りに想像するのがとても楽しい!料理や手芸がお好きな方は絶対に再現してみたくなると思いますよ。
そして日常がマジカルすぎて起こる事件が奇想天外。ハリポタ以上のワンダーランドです。
特に祝祭。青いハッピの男が絶対に参加したがる系のとんでもないものが満載です。うーん、CGまみれのチープな映像でもいいから例の番組で架空の世界のお祭り企画をやってほしい!
すべてを諦めて世界を外側から眺めていたヒロインが、ヒーローに溺愛されて世界の内側に入っていく。
というのが大まかなストーリーなのですが、そういったヒューマンドラマ的なものも含めて、作者の創造力に驚きながら、読者が想像力をフル活用する、そんな作品です。
長い夜の国と最後の舞踏会
| 著者 | 桜瀬彩香 |
| イラスト | 鈴ノ助 |
| レーベル | オーバーラップノベルスf |
| 発売年月 | 2021年10月 |
| KindleUnlimited対応 | 対応✘ |
| BOOKWALKER読み放題対応 | 対応✘ |
「薬の魔物の解雇理由」と同じ世界観で、別の国または時代でのワンシーンを切り抜いたような物語。シンプルな分わかりやすく、幻想的な世界観をすっきりと楽しめます。
深い森に閉ざされた国ファーシタル。
その森を管理する精霊に仕えてきた公爵家の令嬢ディアは、幼い頃に家族を殺され、王家に保護されていた。
ディアが19歳になった冬、華やかな祝祭リベルフィリアを目前に第一王子との婚約が解消される。
ディアは知っていた。自分が数日後の舞踏会で殺されることを。そしてかつて自分の家族を粛清したのが王家だということも。
全てを失いひとりぼっちで生きてきたディアは、最後に一矢報いようと復讐を決意する…。
冒頭からシリアス。ですが暗さは感じさせません。
過去の回想を織り交ぜながら遠い日の約束と後悔が静かに語られ、登場人物それぞれの思惑とすれ違いが明かされていきます。この構成がまた見事。
最終的には溺愛されてハッピーエンドなのですが、恋愛ものというより、1つずつピースを集めて世界を解明してゆくような物語。まるで海外の美しい絵本を読んだかのような読了感は、大人女子に人気がでるのも納得です。
美しい世界の描写に翳りのあるヒロイン、溺愛、グルメと「薬の魔物の解雇理由」のエッセンスを凝縮したような、満足度の高い作品。
作品の特徴と魅力
さて、ここからは作品の特徴と「なにがすごいのか」について語っていきたいと思います。尚、ここでは「長い夜の国と最後の舞踏会」は「薬の魔物の解雇理由」と共通の世界観であるとして話をさせていただきます。
緻密な設定
まず、徹底して作り込まれた設定に度肝を抜かれます。
魔物・精霊・妖精・竜。人ならざるもの達の存在と性質。よくある「竜には番がいて〜」というふわっとしたものではありません。竜だけで一体何種類存在するのか…
それぞれ属性があって系譜があって、人の世の王国に王が存在するように、それぞれの社会、序列があります。
その設定に基づいて、まるで実際に目にしているかのように描かれる架空の生き物達。
国や建物などの描写は参考モデルがあるのだとしてもこれは…。
想像の世界ではなく、世界を創造しています。
たぶん神です。
どう考えても作者はこの世界に暮らしていて実際に目にしたものを描いているとしか思えないのです。
隙のないストーリー構築
次に圧倒されたのが、しっかりとした骨組みで物語が組み立てられていること。当たり前だと言われてしまうかもしれませんが、これだけの長編で、あれだけ寄り道しながら破綻のないストーリー構成をすることはもちろん。終盤で今まで見えていた世界を覆い尽くすような展開には鳥肌が立ちました(薬の魔物の解雇理由)。
また、まるで千夜一夜物語のようにいくつものサイドストーリーが本編へと絡まっていき、すとんと収まっていくのもすごい。
そもそもサイドストーリーが短編として独立していいくらい、むしろ話によっては映画化してほしいくらいの完成度。それが惜しみなく散りばめられているのです!
誰のどの物語が心の琴線に触れたか。きっと読後に誰かと語り合いたくなりますよ。私は通りすがりのモブキャラだと完全に油断していたハツ爺さんにまさかの大号泣でした(薬の魔物の解雇理由)。また本編では語られなかった第一王子の独白に、すべて終わった後だからこそ胸が締め付けられる思いに。(長い夜の国と最後の舞踏会)
いつまでも余韻を残す重厚なストーリーが盛り沢山なのに、たったひとつの物語に収斂させてしまうなんて…!贅沢すぎて泣きたくなります。
一から世界を立ち上げて細部まで隙なく構築。やはり神でした。
解像度の高い文章
もうこれは、作者最大の武器ですよね。美しく繊細な描写でさらに解像度が高いって、読書の喜びを最大にしてくれる魔法です。
凡人は世界を創造することはできませんが、文字から世界を想像することはできます。久しぶりに文字の持つ力を頼りに想像を広げる、本物の読書ができました。
ただし抽象的な表現や独特の比喩も多いので、理系の方は読みづらいかも(まったくの偏見です。ごめんなさい)。疲れているときや集中できないときも、文章を読み込むのに苦労しました。特に「薬の魔物の解雇理由」は後半になるにつれて、一話の分量が増えていくことも脳と目の負担に。(活字中毒さんにはご褒美でしかないと思いますが。)
さりげない伏線が多いので適当に読んで見逃すのも勿体ないです。時間があるときにゆっくり集中して読みたいですね。
翳りある独特のヒロイン像
そしてこれも大きな特徴です。
世界の内側に入れずに静かな破滅を待つヒロイン。
愛したものを亡くし、愛してくれたものを奪われ、ひとりぼっちで復讐を決めて実行する。
この喪失と孤独がヒロインの心を研ぎ澄まされたものにし、必要なもの以外は容赦なく切り捨てる冷酷さをもたらします。
人の理から外れてしまった自分を諦観の眼差しで眺める静謐な翳り。
美しい絵本を読んでいるような気分になるのは、ヒロインが外側から世界を眺めているからなのでしょう。
しかしヒーローと出会い、安心できるような環境になると、途端に子供っぽい言動をすることも。このアンバランスさは魅力でもありますが、共感できずに好みがわかれるところかもしれません。
美貌の人外者による溺愛
力と美貌が比例する世界で、孤独なヒロインを大きな愛で包むのは高位の人外者。ということでスパダリからの溺愛が基本です。
女子が大好きな要素ですよね。しかしながら前述のヒロイン像と合わせて考えると、些か首をかしげたくなる展開も。
「長い夜の国と最後の舞踏会」ではノインからの溺愛で綺麗に終わっていますが、長編の「薬の魔物の解雇理由」では登場人物が増える分、ヒロインに惹かれる人外者が続出。逆ハーレムの様相を呈してきます。(お好きな方はどうぞそのまま楽しんでください!)
「魔物はただ一人の伴侶を求めて愛情に狂う生き物」と強調するなかで、ヒロインが結構な人数を弄んでいるように見える展開。物語中盤からかなりの割合を占める「もふもふ」要素と合わせて、戸惑いました。
自分に好意のあるイケメンを複数、無理やり獣化させて撫で回すのってどうなんだろう…。いくら恋愛ごとに鈍いヒロインとはいえ、子供っぽさを通り越して非道な感じが。あと、女性向け小説ではよく出てくる「もふもふ」って、ここまで必要だったんだろうか…。
せっかく特徴あるヒロイン像だったのに、その二面性が理解できずに少し残念に。
長編ということもあって、少し冷めてしまうと読み続けるのがしんどくなることも。
同じ逆ハーものでも、ドタバタのラブコメなら問題なく楽しめた気もしますので、本当に好みの問題なのですが。
あ、推しを見つけて夢女子的な楽しみ方をする分には最高かもしれません!その場合やはり一番人気はアルテアさんでしょうか。あのスペックで「お前好みの家と料理を用意するから伴侶にならないか」なんて言われたら、頷きすぎて首がもげるかも。おそらく100億%の女子がイエスと答えるはずです。
好みはわかれるかもしれませんが、スパダリによる溺愛は間違いなく楽しめます。
グルメ
最後にグルメ。作中において食事を与えることは愛情表現。また、ヒロイン達も美味しい食事には執着します。
なので当然のように食事シーンはたくさん登場します。解像度の高い描写で。
結果、飯テロ以外の何者でもありません。
詩的な表現の味、香り。想像すると苦しくなるほどです。
再会したノインが振る舞ってくれた挽肉入りのポテトパイ。森の賢者がハマる焼肉弁当。アルテアの焼くアップルパイには、ほろ苦いシナモン風味のモカクリームを添えて。
アップルパイ…やってみたくなりますよね。大人の味でした。焼肉弁当のシーンは夜中に読んで大後悔。次の日買いに走りました…。
場面ごとに写真つきレシピ集を発行していただきたいほどの充実っぷりなので、どなたか(料理研究家の方とかパティシエさんとか)出版してくれませんかね。絶対買うので。
まとめ
美しい言葉で紡がれた物語は大切に時間をかけて読み解きたいもの。そして結末を知りたい一方で、永遠に終わってほしくないものです。
読むごとに理解が深まってさらに好きになって、また読んで。原作を読み込んでイメージが出来上がってから書籍や漫画を手にすると、いかに原作の世界観を壊さずに作画されたかがわかってまた感動してしまいます。
そんなエンドレスの読書の喜びをもたらしてくれる2つの作品を紹介しました。
どちらがよりお勧め、ということはありません。強いて言うならば、どちらかを気に入ったのなら、もう一つも必ず好きになるでしょう。
さぁ、時を忘れてこの美しい世界に溺れてみませんか。


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